この絵本はこわいです。
私が読んだことのある絵本の中でもベストスリーに入るこわさだよ!
キツネの孤独がひりひりするくらいに痛いよ。
火にまかれて命からがら逃げ出したイヌとカササギ。
この野火によってイヌは片目を、カササギは羽を焼かれて飛ぶ能力を失ってしまう。
飛ぶ事の出来なくなったカササギは絶望し悲嘆に暮れ、一緒に暮すイヌにすら心を閉ざす。
イヌはそんなカササギを背中に乗せ野を駆ける。
「飛んでるみたいだろ」というイヌに最初は抵抗をみせていたカササギも徐々に心を開き、羽を広げ「飛んでいた」ことを思い出す。
カササギの失われた羽の代わりに、カササギを背に乗せ野を駆けるイヌ。
そんなイヌにカササギは、イヌの失われた片目の代わりになると言う。
充足された関係を築いた2匹は仲良く暮らす。
でも、そこに不吉な影が現れる。
燃えるような毛色をしたキツネの登場。
不幸の訪れ。
カササギはキツネに不穏なものを感じるが、イヌはこころよく住処にキツネを招き入れる。
キツネはカササギにイヌを捨てて自分と来るようにと誘惑する。
「飛ぶことがどんなだったかおぼえているかい?本当に飛ぶってことがさ………」と。
キツネを嫌悪しながらも、イヌと「飛ぶ」ことに幸せを感じなくなっていることに気づくカササギ。
「確かに、飛ぶってこんなことじゃなかった」とカササギ。
そんなある朝、犬がまだ眠っている間にカササギはキツネの背中に乗って、「飛び」に行ってしまう。
風をきる羽、スピード…
キツネの背で本当に「飛ぶ」ことができたカササギ。
幸福な時間。
しかし、飛ぶように早く、遠くまで走ったキツネは、焼けた地面の荒野にカササギを振り落とし、
「これでおまえもイヌも1人ぼっちがどんなことかわかるだろう」
と、カササギを置き去りにして咆哮とともに消え去る。
飛べない羽では戻れないほど遠くに来てしまい、灼熱の太陽の下で苦しむカササギは、これなら死んだほうがマシだと思う。
だがカササギはひとりぼっちで残されたイヌを思い出し、イヌの元へ帰る為に一歩一歩きだす…
終わり。
おわりって!!!
この絵本のどこに救いはあるんだよ!?
カササギの行き倒れ率確実に90%以上じゃん!
イヌのとこまで帰れないよ!
なにこれ?
戒め?
誘惑にのるなってこと?
足るを知れってこと?
そんな悟りきったヤツいないって!
無理でしょ!
後味悪いよう!
で、
その後味の悪さの理由は、ただただイイヤツなイヌのせいでもなく、運悪くタチの悪いヤツに巻き込まれてしまったカササギでもなく、キツネのせいだ。
このキツネがね、本当にこわい。
カササギに吐き捨てた、
「これでおまえも犬も1人ぼっちがどんなことかわかるだろう」
って言葉。
愕然としてしまう。
そんなにまでもカササギとイヌの関係が羨ましかったの。
そんなにまでも自分の事を彼らに分かって欲しかったの。
キツネのこの言葉の持つ重みってちょっとすごいと思う。
修復不可能な心ってのはあるんだな、とぼんやり考えてしまうほど孤独な存在として描かれているキツネ。
悲しくて悲しく何もかも壊してしまわずには居れない不健康な心。
壊してしまったものの残骸を見てさらに荒廃する精神。
修復されないままに放置された心は本当にこわい。
キツネは本当はカササギが誘いにのらないでいてくれる事を願ってたんじゃないのかなぁ。
こんなふうに考えるのはおめでたすぎるかなぁ。
でも最後にキツネが上げた咆哮は「そら、みてみろこんなもんだ」という勝鬨の声ではなく、「どうしてこんなに脆いんだ なぜ自分の誘いにのったんだ 信じられるものなんてない」という自分に向けた悲鳴であったように思いたいもんね。
そう信じたいな。
どちらにしてもキツネに救いはないな。