日常生活や読んだ本の感想等々。
ビビを見た! ビビを見た!
大海 赫 (2004/01)
ブッキング
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大海赫!
名前からしてこわい!
この人の書くお話はどれもこわい。
話の内容もさることながら、生々しい彫り跡を残した木版画、デフォルメされたグロテスクな人間がこわい。(この人、人間嫌いだと思う。)
なんかもう神経に訴えかけるようなこわさだよ。
なぜこんなにもこわいのだろうか?
それはその「こわさ」が子供の持つむきだしの残酷に他ならないからだろうと思う。
善悪の基準が曖昧な子供が振るう容赦のない残虐性が物語られているから。

この人の本を読むと、大人になる過程で得たお行儀の良い倫理観などすっ飛ばされてしまう。
そして子供の頃に持っていた残虐性をまざまざと読み手は思い出し、背中をぞくりとさせる。
自分に備わってた残酷さを目の当たりにして足元をすくわれたような気になるんだよ。
読むと居心地が悪くなるもん。



『ビビを見た!』は大海赫の本の中でも特に残酷な話であるように思う。
自分の耳に入る音ですらこんなに煩わしいのに、目が見えるならそれはどんなにうんざりすることだろう、と厭世観を漂わせる盲目のホタル少年。
そんな彼に「7時間だけ見えるようにしてやろう」と言う声が聞こえる―――。

って!
盲目の少年が7時間限定で目が見えるようになる、って設定自体がもうさ、どうしようもないくらい残酷じゃねーか?
それって少年がそれまで生きてきた時間も、7時間から先に生きるであろう老いるまでの時間も、無価値のように感じさせやしないかい?
そりゃないよ、ってもんだろー。
自分以外の人間が全員盲目になってるってのもなぁ。

その7時間のうちにみた美しい緑色の少女ビビ。
ホタルはビビを見ることができたから良かったのかなぁ。
良い、ってんだからそれで良いんだろうけどさ、
世界で一番美しいビビをみたのだからそれで良い。などと少年に諦観を抱かさせるのはどうなのだ。ホタルはまだまだ若いんだぞ。
後も先も打ち消してしまう、ただそれだけで良いのだ、と思わせてしまう至高の7時間。
それってすげーこわいよ。
ものすごくこわい。
人の生きる時間を語っていないこわさだ。
煮詰めて煮詰めて純化した時間なんてのは人間の時間じゃないよね。
人間は夏場の蝉じゃないんだからさー。



ところで、
ビビを追いかけて暴れる巨人のワカオはなんだろね?
若さの象徴?
若く、目隠し猪状態の、例えるならば至高の美を追い求める芸術家みたいなものの象徴?
ビビは追いかけてもちっとも到達できない“美”の象徴?
たとえ一瞬だけでも究極の美に寄り添うことの出来たホタルは幸福な芸術家みたいなもの?
そこに辿り着けずもがき苦悩するものになるのか、美を手に入れ閉じていくものとなるのか、って?

どっちの行き着く先も知りたくねーなー。


テーマ:児童書 - ジャンル:本・雑誌

まよなかごっこ まよなかごっこ
クヴィエタ パツォウスカー (1993/12)
太平社
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先日、生まれてきた赤ん坊を拝見すべく友人宅へ行って来た。
2ヶ月の赤ん坊の全長って結構でかいのな。
重いし。
首もしっかりとすわっていて、ゆすったり振ったりしても平気だった。
なぜだか知らんが私はよく赤ん坊や子供にガン見される。
いったいなんなのだ? と、問いたくなる程の凝視をすれ違う子供からまま受ける。
今回もまたこの友人宅のチビにガン見の刑を受けた。
大泣きしていても泣き止んでガン見。
じぃいいーーーーーーーーっと見つめては意味もなく笑ったりすんのね。
そんなに見つめないでくれ。
穢れのない生き物にガン見をされると目をそらしてしまう腐った大人なんですから!
それにしても、
私はそんなに珍しい生き物なのだろうか。



このチビにもう少し大きくなったら送ろうと思うのが、クヴィエタ・パツォウスカの『まよなかごっこ』
お芝居が大好きなお月さまがサーカス小屋に降りてくる話です。

大型のしかけ絵本で、とにかく美しい本だ。
赤・緑・黒・黄 と、色盲チェックのような色がはじけるように使われているのにね。
それはとても繊細で、音を含んだポエムのような画面をつくり出しているんだよ。
とても鮮やかな本当の赤が、音のない夜のように静かな色に見えたりするのも不思議だ。
やたらにフワフワとした現実味のない手品を見てるみたいな気になってくる。

色の魔術師、つーのはこういう人のことを言うんだろうなー。

テーマ:絵本 - ジャンル:本・雑誌

砂漠で溺れるわけにはいかない 砂漠で溺れるわけにはいかない
ドン ウィンズロウ (2006/08)
東京創元社
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断じて湯船から出るべきではなかった。
ってね。




ニールケアリーのシリーズ第一弾、『ストリート・キッズ』(←シリーズで一番おもしろいよ。)を読んだのは一体いつだったのだろうか?
うわー。
もう10年くらいたってるよ!
読んだ時にちょうどニールと年が同じくらいだったんだもんなぁ。
すげー。
自分が必要以上に年を食ったことに愕然となるね。

そのニール・ケアリーシリーズの最終巻、『砂漠で溺れるわけにはいかない』です。
ナーイブな減らず口少年は、巻を重ねるごとにちゃんと二本の足で立つ大人になっていったね。
カレンとの結婚話が進んでたりね!(アレだったけどね!)
うはー。
なんだか近所のちょっと悪かった子がさ、だんだんと年とともに軌道修正し、真っ当になっていく姿を見ているような気になっちゃうな。
(で、気づいたら自分よりもよっぽど真っ当な大人になってましたー。ってな感じを味わいます。)

ハードボイルドという体裁をとりつつも、若者の成長を繊細に描いているのが好ましかったなぁ。
ちゃんと主人公の弱い部分を書いてるところが気持ちいいね。
強さばかりを強調したハードボイルドって胡散臭い男のファンタジー、って感じがして引くもん。
人間の弱さってのは排除すべきものじゃないよね。
その人間を形づくる重要な成分のひとつだと思う。
それは欠点になるにかも知れないけど、育て方次第ではその人の魅力になるよ。
人間には「つけこむ隙」「つけいれられる隙」が絶対的に必要よ。
そうでないやつは魅力がない。もてない。

今回も抜け出せたと思ったはずの<朋友会>絡みの仕事が“父親”のグレアムから舞い込む。
仕事の内容は、八十六歳の元コメディアンのじぃさんをラスベガスから連れ戻すというもの。簡単な仕事と思ったらこのじぃさんが一筋縄ではいかない―――。
てな感じで、今回もニール君はがんばる。
おもしろかったよ。
最終巻がこういうコミカルな感じってのが軽くていいなぁ。
さみしくならないね。
でもやっぱりさみしいか。
しょうがないけど、さみしいや。

成熟した大人になったニール・ケアリーに再度会える事をドン・ウインズロウに願いつつ、


バイバイ、元・ストリートキッドのニール君!
くれぐれも完全無欠のスーパーヒーローになんかならないでね。



ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚 ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚
宇江佐 真理 (2006/08)
徳間書店
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宇江佐真理すき。
髪結い伊三次のシリーズがすき。
おみつがかどわかされ、弥八がおみつを探して名前を呼ぶととことかね、「ああ恋って素敵」と素直に思うよ。
もちろん伊三次とお文の意地と恋もね。素敵。

で、今回はシリーズものでなく単発の連作短編集。

料理茶屋平野屋のご隠居清平衛が、蝋燭問屋の伊勢屋甚助の誘いで「話の会」という集まりに顔を出し始める。
この「話の会」は作り話ではない本当の話を持ち寄り、語りあうという主旨のもの。
百物語のようでいて、そうではない。
自分の体験した世の中にある不思議について忌憚なく語りあう会だ。

この会の大前提に、「不思議な事をそのまま受け入れる」というのがある。
確かに、
不思議な事って頭から拒絶してしまうより、“まぁそんな事もあるかもね”くらい鷹揚に構えてた方が平和に暮らせるもんなー。

……つーか!
ウチの母ちゃんそっち寄りだから!
はじめて行った場所で昔ここで何があったかとか、
ここはものすごく色々溜まっていて(なにが!?)気を抜くと入ってこられる。前を通るのもいやだとか、
部屋に変なの居る(←いたの!)と「気づかないふりをしなさい」とか!
言うの!
衝撃の幼児体験として、ランドセルしょって家に帰ったらウチに山伏が居た。とか。
こわいから!
意味わからんから!

否定しつづけるのって体力いる。
血気盛んな中学生の頃、「神がかったこと言うな!」と母にキレて以来、あまりこわいことを言わなくなりはしたが、
相変わらずおっかないことをぼそっと言ったりする。

もうね、こういうのってね、認めちゃった方が楽よ。
世界に不思議って確実にある。
それでいいよ。もう。



赤い長靴 赤い長靴
江國 香織 (2005/01/15)
文藝春秋
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この小説に出てくる日和子が気持ち悪い。
身の内にある狂気(に似た何か)に浸り、それに酔う日和子。
しかしそれは「絶対的に安全な」圏内でのままごと遊びでしかない。
旦那の様子をチラチラ伺いながら、「ここまでなら大丈夫、安全」と線引をして、少しだけタガを外してケタケタ笑う女。
キモいって!

狂気を玩具のようにもてあそび、上手に正常と狂気を自ら演じ分け、コントロールする女。
ものすごい不幸にはならないだろうけど、幸福感を得ることもなさそうな女だなぁ。
友達いなさそうな…。
いても極端に女友達少なさそう。
男友達だと思ってる男とは肉体関係ありき、での「お友達」な感じ。
一人遊びがすきな一人っ子がそのまま大人になったらこんな感じの女になるのかなぁ。
あ、
一人っ子に失礼か。
しかし、
こんな女が女房ってこわくねーか?
言いたいことあるんなら言えよー。
頭いいんだろうから自分の言うべきことくらいわかるだろうに。
分かってて言わない、ってんならこういう状況がすきなんだろうなー。
もやもやしてんのがすきなんだろうね。
煮え切らない自分がすきなんだろうね。

それにしても
旦那もすげーな。
つわものだ!
無関心とか鈍感ってのはある種の強さだな!

沖で待つ 沖で待つ
絲山 秋子 (2006/02/23)
文藝春秋
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なんつーかテンポいい文章を書く人だなぁ。
この人の『逃亡くそたわけ』おもしろかったから読んでみた。

作中の話し言葉も違和感ないのがよいねー。
つーか普段こんなしゃべり方する女いないよ!という、女言葉を表現する為の「〜〜〜だわ」とか「〜〜よ」とかあんまないからするっと読めるね。
目線がイジワルなとことよいと思う。

2編が収録されたハードカバーにしては薄い本で、通勤の「行き」だけで「帰り」までもたなかったのが難点だな。
読みやすい本てさ、スイスイ読んでしまうから、厚みがないと帰宅時に電車で読めない。降車駅まで本がもたない。

この『沖で待つ』は34回芥川賞受賞作。
表題作の『沖で待つ』、異性の会社同期の友情を描いた作品。
男女で不自然さがなく戦友のようになれるのはいいね。
ただ、この死んじゃった太がブタマンみたいな男だったから色っぽくならなかった、ってのもあるんだろうな。
精神的な面ももちろんあるのだろうが、相手の容姿が自分の範疇外、もしくは極端に自分に劣る容姿の場合、男女間でも友情に発展するんだろうな。
会社同期の男女の友情は稀なものであると思う。
こういう感じの友情小説って読んだことないもんなー。
インディゴの夜 チョコレートビースト インディゴの夜 チョコレートビースト
加藤 実秋 (2006/04/11)
東京創元社
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前作『インディゴの夜』に続く短編集の第2弾。
渋谷のホストクラブindigoのホストが探偵する話。
読みやすい短編集ですよ。
ホストが探偵ってありえない感じが漫画のようでおもしろいね。
ホストクラブって行ったことないからなー。
テレビでのみ知る世界だわ。

あ、
違う。
実家の近所に住む幼馴染がホストやってるわ。
聞いたときはおどろいたな!
「○○くんホストやってるんだって」
「まじか!?」
みたいなね。
意外だったですよ。

母は彼がホストをしていると聞いてから気になるようで、行動をチェックしては報告してくる。(実家帰省中ね。)
公園のベンチで寝てるからちょっと行って注意してこい、とか言われてもなぁ。
眠いんだろうからほっといてやれ、としか言えんよ。
子供らはベンチで寝てる大人にびびるだろうがな。
しかし、そういう大人を見て育つ子供の方が健全な気がする。
反面教師つーかなんつーかね。
夕方出かけるとき、公園の前を通りかかったらまだ寝ていたので、さすがに声をかけ起こした。
自分の家が近いんだから家で寝りゃいいのにね。
実家暮らしのホストはさすがに肩身が狭いのだろうか?
ホストも大変だな。
お楽しみはこれからだ!―Jazzy Murder お楽しみはこれからだ!―Jazzy Murder
真瀬 もと (2006/07)
早川書房
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犬と探偵って素敵。
パンプルムース氏とポンフリットとかね。
覆面調査員というお仕事をもった犬。
このシリーズって出ると読んでしまうわ。
出てくる食事もおいしそうだし、ワインがうまそうでたまらん。

今回の本は真瀬もと著『お楽しみはこれからだ!』。
この作家さんの本読むの初めて。
「犬とメイドの本格推理」、という言葉につられて読んでみましたが、本書に登場する犬はいたずら者の子犬です。お仕事しません。
子犬らしく面倒を引き起こし、かきまわすのが仕事です。
使えません。
でもかわいい。
メイドのケイトとがんばってた。

メイド。
メイド喫茶って行った事ないんだよなー。
一度行ってみたい。
でも行った店のメイドさんがかわいくないとショックだろうな。
悲しくなりそうでこわいわ。
そういや池袋には執事喫茶なるものもあるんだそうだな。
時間制みたいで帰る時間になると「お嬢さま乗馬のお時間です」とかなんとか言う執事が席まで呼びに来るらしい。
…これって萌えなのか?
どちらかというと笑いのエッセンス強めな気でしょうが。
萌えと笑いの境界線ってひどく曖昧だなぁ…。

ヘブン… ヘブン…
鈴木 志保 (2005/12/16)
秋田書店
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おすすめ!
というちいさな色画用紙につられて読んでみた。
こういう大きいサイズの漫画って値段高いよね。
普通の大きさの漫画として売り出せばいいのに。
なんで大きくするんだろ?

しかし!
コレ当たりでした。
泣いちゃったよ!
大きい漫画の本だからって敬遠しないで良かったよ!

「ここにあるものは もう終わってしまったもので 何もわたしを傷つけないもの」とゴミ捨て場の番人をつとめる少女。
「かわいいもの きれいなもの そうでないものなど 滅びてしまえばよいのだわ」と何ものも傷つける事のないゴミ捨て場に落ちてくる少女。
ゴミ捨て場は時を止めてしまった、まるで“ヘブン”のような場所として捉えられている。
残酷な世界に対抗する為に、潔癖である少女たち。
少女たちがその場所から一歩踏み出し、目の前に現れるドアを開け、軽やかに成長していく物語。

オープニング、ボリスヴィヴァンの『うたかたの日々』に登場する、肺に蓮の花が咲く奇病に犯されたクロエの死に、「胸に咲くのは蓮ではなくたんぽぽならいいのに」と、涙する少女ベツレヘム。
彼女は世界の果てにあるゴミ捨て場の番人だ。
そこはガラクタの吹き溜まりで、
「終わってしまった子供時代」に愛しまれたぬいぐるみ、
とるにたらない紙切れ、
ケーキの箱に入れられ捨てられた子猫、
死期を悟り自らを捨てに来る象、
役目を終えたり、誰かから必要とされなくなったさまざまなものが捨てられている。

捨てられてしまったものたちはみな記憶を持っている。
美しい世界の記憶。
幸せで暖かな、確かに愛され、必要とされていたという宝物のような思い出。
それらは一度知ってしまえば、決して忘れてしまう事など出来ない記憶だ。
ゴミ捨て場で彼らはその幸福の記憶を抱きしめる。
いつかはもう一度辿りつけると信じて、滑稽なほど純粋にもと居た場所を探す。
彼らにとってその場所は「失われてしまった場所」ではないのだ。

作中、この捨てられたものたちの中で唯一、子猫だけが幸福の記憶を持たない。
いらないから、ちいさいから捨てられてしまった子猫。
生まれた途端にケーキの箱に詰められて、冷たい地面に放り出された子猫。
子猫も世界を信じず、受け入れようとはしない。
幸福の記憶のない子猫は、世界を拒絶しようとする。
イジワルなチェシャねずみは子猫に言う。
「見てみろ これが おまえの 生まれた 世界だ」
子猫は“世界は美しくなんてない”と絶望する。
しかし、荒野に根をはり、たくましく咲くたんぽぽに、子猫は自分を重ねる。
ねずみに齧られそうになったたんぽぽを助けるために飛び出した子猫は、世界を、自分自身をその行為によって救ったのだ。
子猫は“いきるの”“おおきくなるの”と、自分自身に「にゃんぽぽ」と名前をつける。
子猫は世界を拒絶するのではなく向き合い、美しい世界を見つめるために生まれなおしたのだ。

ゴミ捨て場の番人ベツレヘム。
この名前は途中でチェシャねずみによってつけられる。
名前の由来は「生まれてはじめてみた花だから」「完璧な」「スターオブベツレヘム」から。
「世界がにくいから花をかじるの?」と問われるチェシャねずみが、生まれてはじめてみた完璧な花の名前を女の子につけるなんてね。
そこには純粋な憧憬があるんだろうね。
子猫のにゃんぽぽにとってのそれがたんぽぽであったように、チェシャねずみにとっての胸に咲く花はスターオブベツレヘムだったんだろうなー。



キツネ キツネ
ロン ブルックス、マーガレット ワイルド 他 (2001/10)
BL出版
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この絵本はこわいです。
私が読んだことのある絵本の中でもベストスリーに入るこわさだよ!
キツネの孤独がひりひりするくらいに痛いよ。

火にまかれて命からがら逃げ出したイヌとカササギ。
この野火によってイヌは片目を、カササギは羽を焼かれて飛ぶ能力を失ってしまう。
飛ぶ事の出来なくなったカササギは絶望し悲嘆に暮れ、一緒に暮すイヌにすら心を閉ざす。
イヌはそんなカササギを背中に乗せ野を駆ける。
「飛んでるみたいだろ」というイヌに最初は抵抗をみせていたカササギも徐々に心を開き、羽を広げ「飛んでいた」ことを思い出す。
カササギの失われた羽の代わりに、カササギを背に乗せ野を駆けるイヌ。
そんなイヌにカササギは、イヌの失われた片目の代わりになると言う。
充足された関係を築いた2匹は仲良く暮らす。
でも、そこに不吉な影が現れる。
燃えるような毛色をしたキツネの登場。
不幸の訪れ。
カササギはキツネに不穏なものを感じるが、イヌはこころよく住処にキツネを招き入れる。
キツネはカササギにイヌを捨てて自分と来るようにと誘惑する。
「飛ぶことがどんなだったかおぼえているかい?本当に飛ぶってことがさ………」と。
キツネを嫌悪しながらも、イヌと「飛ぶ」ことに幸せを感じなくなっていることに気づくカササギ。
「確かに、飛ぶってこんなことじゃなかった」とカササギ。
そんなある朝、犬がまだ眠っている間にカササギはキツネの背中に乗って、「飛び」に行ってしまう。
風をきる羽、スピード…
キツネの背で本当に「飛ぶ」ことができたカササギ。
幸福な時間。
しかし、飛ぶように早く、遠くまで走ったキツネは、焼けた地面の荒野にカササギを振り落とし、
「これでおまえもイヌも1人ぼっちがどんなことかわかるだろう」
と、カササギを置き去りにして咆哮とともに消え去る。
飛べない羽では戻れないほど遠くに来てしまい、灼熱の太陽の下で苦しむカササギは、これなら死んだほうがマシだと思う。
だがカササギはひとりぼっちで残されたイヌを思い出し、イヌの元へ帰る為に一歩一歩きだす…
終わり。


おわりって!!!
この絵本のどこに救いはあるんだよ!?
カササギの行き倒れ率確実に90%以上じゃん!
イヌのとこまで帰れないよ!
なにこれ?
戒め?
誘惑にのるなってこと?
足るを知れってこと?
そんな悟りきったヤツいないって!
無理でしょ!
後味悪いよう!
で、
その後味の悪さの理由は、ただただイイヤツなイヌのせいでもなく、運悪くタチの悪いヤツに巻き込まれてしまったカササギでもなく、キツネのせいだ。
このキツネがね、本当にこわい。
カササギに吐き捨てた、
「これでおまえも犬も1人ぼっちがどんなことかわかるだろう」
って言葉。
愕然としてしまう。
そんなにまでもカササギとイヌの関係が羨ましかったの。
そんなにまでも自分の事を彼らに分かって欲しかったの。
キツネのこの言葉の持つ重みってちょっとすごいと思う。
修復不可能な心ってのはあるんだな、とぼんやり考えてしまうほど孤独な存在として描かれているキツネ。
悲しくて悲しく何もかも壊してしまわずには居れない不健康な心。
壊してしまったものの残骸を見てさらに荒廃する精神。
修復されないままに放置された心は本当にこわい。

キツネは本当はカササギが誘いにのらないでいてくれる事を願ってたんじゃないのかなぁ。
こんなふうに考えるのはおめでたすぎるかなぁ。
でも最後にキツネが上げた咆哮は「そら、みてみろこんなもんだ」という勝鬨の声ではなく、「どうしてこんなに脆いんだ なぜ自分の誘いにのったんだ 信じられるものなんてない」という自分に向けた悲鳴であったように思いたいもんね。
そう信じたいな。
どちらにしてもキツネに救いはないな。

星に願いを 星に願いを
庄野 潤三 (2006/03)
講談社
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子供が巣立った後の老夫婦が過ごすゆったり流れる時間を丁寧に綴った小説。

出版されると読んでしまうから好きなんだよね。
すきなんだけど、なんかもうこの人の本を読むと自分が余生を送る老人になった気になるよ!
庭に飛来しさえずる小鳥たち、夜に奏でられるハーモニカ。口をつけば出てくる「ありがとう」という言葉。
ああもう!
いい夫婦!
いい夫婦の日!
こんなつれあい欲しい! って思う人おおいと思う。

しかし、
なんか「あれ?同じトコまた読んじゃった?」的なことを思うほど同じ節の箇所が出てくるこの小説…
ろ 老人無限ループ…?
嗚呼、
記憶がまだらボケになった祖母を見舞いに行った中2の夏に飛ぶよ!
病室に祖母を訪ね、洗濯に行くという母が祖母を見ていてくれと私に頼んだ。
孫に見舞われたことに喜んだ祖母は、
私に同じ話を嬉しそうに何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。
“良い孫・婆孝行”をするには、同じ話にも頷き続けなければ!
と感じ、私はエンドレスに繰り返される話にいちいち「うんうん」と頷き続けました。
なんていうの?同じ話をずっと聞いてるとさ、宇宙を感じるよ。まじで。
自分がどこに居るのかわからなくなってトランス状態に入るよ。
すげぇ!コスモ! とか思ったもん。

違う世界に足を踏み入れる前に母は洗濯から戻ってきました。
で、
祖母の同じ話にも突っ込みを入れず聞き続けた。私ってばエライよ!ほめて!と母に言ったらすげー怒られた。
同じ話をした事を指摘しないとボケが進む! とね。
ああ、
もっともだ。



あ、
庄野潤三はだいすきですからね!
庄野潤三はボケてないからね!

まほろ駅前多田便利軒 まほろ駅前多田便利軒
三浦 しをん (2006/03)
文藝春秋
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先日の『青空の卵』と同じように成人男性ふたり(成人男性ふたり、と書く時点でなんだか蒸れたような運動部のスメルが漂ってくる気がするよ!)が出てくる。
『まほろ駅前多田便利軒』。
第135回直木賞受賞作。

東京の外れにあるまほろ市…(まちだ? だって佇まいが… まちだなの?)
そこで便利屋を経営する多田啓介は終バスが去ったバス停で、高校の同級生、行天春彦と再会する。
離婚失業文無し、というドン詰まりの三重苦を背負った行天は、多田の住居兼事務所に転がり込むのね。
断りがたい負い目を行天に持つ多田は、行天が自分のテリトリーに居つづける事を許す。

行天の育った過程とか暗くて重いよ。
小指切断の時に唯一上げたという叫びが聞こえてきそうだったな。
私は十代後半の若者達が有するであろう感情や状況に弱いわー。
でもさ、こんなのも重すぎずに距離をとって書かれていたのが良かった。

昨日の『青空の卵』と比べてなにが良かったのかな、と考えてみた。
仕方がない、と割り切ることを知る大人が書かれていたからか?
ある程度突き放すようにして書かれていたからか?
許し合う、という馴れ合いの甘さで終わってしまわない、
お互いをひとりの人間として認め合う一本線を引いた関係性には居心地の悪さを感じないね。

『まほろ駅前多田便利軒』は『青空の卵』よりも生きてる人間のにおいがする。

青空の卵 青空の卵
坂木 司 (2006/02/23)
東京創元社
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外資系の保険会社に勤める坂木司の友人はひきこもり。
この友人の鳥井真一に坂木は身近で起こった奇妙な出来事を語って聞かせ、鳥井の関心を外に向かせようとする。

なんですかねー…
なんか気持ち悪い。
つーか居心地が悪い。
何がって、この二人の関係がだよ!

この坂木司という男は時間が自由になり、鳥井真一のもとに比較的通い易いという理由から外資の保険会社に勤めてるんだよー。
へんなの。
成人男性のする事とは思えん。

この作品をおおう「人を傷つける事のない優しさ」に居心地の悪さを感じるのかなぁ。
甘ったれた共依存関係を結び合う成人男性、つーのがな。
これが無菌状態のところからいきなり社会へと踏み出すような年若い子らの関係を描いた作品だったらさ、まぁ、納得しないまでも理解は出来る気がする。
大の大人が何やってんのってとこが気色悪いな…。


「少女神」第9号 「少女神」第9号
フランチェスカ・リア ブロック (2000/02)
理論社
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9本の短編が収められたこの本は作品ごとに文字の色が違うの。
少女たちのセックスやドラッグを扱った内容が、ピンクやブルーの優しい色の文字で砂糖菓子のようにコーティングされている。
胸をかきむしりたくなる痛み抱える少女達の姿に淡い憧憬を覚え、泣きたくなる。

この本はね…
だいすきなんだよー。
本当にすき。
無条件降伏!って感じ。

なんだろなー?
ちょっと見シナリオのト書きみたいな文体なのにね。
行間からは少女が送る思春期特有のキラキラしたもの、ジリジリと焦げるようなものが匂ってくるのよね。
夏の暑さにやられてしまった酩酊感に少し似ている。

「ブルー」や「マンハッタンのドラゴン」もすきだけど、一番この本の中で思い入れが強いのが「レイヴ」。
ヒッピー世代の親に名付けられたのであろう、レイヴンという名前を持つ少女に恋をし続けた男の子の話。
なんかさー、
このレイブがさ、友達に似てるんだよね。
レイヴはドラッグのオーバードーズで死んじゃうから死に方は違うんだけどさ。
本の中のレイヴ同様、魅力的だった彼女の死を思い出して悲しくなった。
最後の「ロックスターなんてレイヴの涙の海で溺れて死んでしまえばいい」で怒涛のように泣いてしまったわよ!
きぃ!

しかし、
タイトルの“少女神”ってうまいなーって思う。
この本の中の少女たちは永遠に少女のままだ。
永遠の少女に読者はおいてけぼりを食らうのだよ。
少女にどこかへいざなわれるのを待った少年だった男も、軽やかな少女たちを羨望のまなざしで見ていた少女だった女もね。

傷つけば脆く崩れてしまう。
傷つく事に鈍感になりさえすれば、スムーズに、手っ取り早く大人になれる。
よろよろと歩を進める私たちは、薄い切り傷をつくるたび、その大人になる直前のひと時を振り返る。
歩き続けているのは私たちのはずなのに、本の中の少女たちに置いてきぼりを食らった気がするのは何故かしらね。
手の届かない憧れ、失われてしまった痛みや願い、これらを一身に背負った少女こそがGirlGoddessであり、いつも胸の中にあって求めつづけてる神様みたいな存在だからかしらね。
アイの物語 アイの物語
山本 弘 (2006/06)
角川書店
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ふだんSFみたいのってあんまり読まないんですがねー。
これは面白かったよ。
いっきに読みました。
けっこう感動。

舞台は機械(マシン)が世界に君臨している遠い未来。
人類は衰退し、廃墟と化した都市で機械から隠れるように細々と暮らしているの。
主人公は食糧を盗んで逃げる途中に美しい戦闘用の少女型アンドロイドに捕らえられる。
捕らえられた先でそのアイビスと名乗るアンドロイドから聞かされる人と機械の物語。


あー、しかし。
パソコンすら使いこなせてない私がSFの感想についてなぞよう書かんね。
この間もDVDプレーヤーが接続できなくてね。
購入した○ッ○○○○に聞きにいったんですよ。
メガネの一番気が弱そうな兄ちゃんをつかまえ、つなぐ機器の説明書を差し出し(テレビとDVDとデジタルチューナーの箱のやつの3冊)聞き始めたんですが…

「本当にこれをここに差し込んで映像が映ったんですか?」
「はい。映像は映るのですが音が出ないんです」

「このやり方で映像が映る事がミラクル(←本当に言った)です。やめてください。」
「!」(ショック)

「(なんかつなぐヤツを持ってきて)これを経由させてつないでください」
「はいはい。じゃあこれ買います!これください!」
(この時点で帰りたくなってる)

「本当に大丈夫ですか?」
「え?」
(帰りたい)

「じゃあこれはどこにつなぐか言ってみてください」
「(え?!)ここ?」
(本当に帰りたい!)

「じゃあこれは?」
「テレビ」

「違います」
(ぎゃあああ!)
「じゃあチューナー?」

「本当に大丈夫ですか?」
(助けてドラえもん!)
「たぶん大丈夫です!」
(そっとしといて!)

この後もしばらく続いた恥かし固めな地獄のレクチャーを切り抜け、無事つなぐヤツを手に入れ、正常に作動するようになりました。
なりはしたがっ!
とどめに「説明書はきれいにとっておくだけじゃ駄目なんですよ」とか言われたし…
のび太っぽい店員だったのに!
別にそんなに確認しなくたって「つなげない」とか言って返品しに来たりしないから!
もう機械って敵!


つい忘れがちになるけどドラえもんも機械だ…。



機械はともだち☆
うん。

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

凍りのくじら 凍りのくじら
辻村 深月 (2005/11)
講談社
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ドラえもんの道具を上手く取り入れながら、人との繋がりを描いた話。
いいよね。
藤子・F・不二雄大先生。
だいすきだよ!

主人公の高校生理帆子は人を“少し・〜〜”と評します。
彼女自身は“少し・不在”なんだそうだ。ちょい離人症入ってる感じか?
まぁ、今の若い女子には多かれ少なかれこんな感じの子多いんだろうなー。
冷めてて何考えてるかわからない文科系不思議ちゃん。

私はドラえもんで育った世代だからか、困ったことがあると必ず心でドラえもんに助けを求めます。
学生時代のテスト前→「助けてドラえもん!」
仕事が終わらない →「助けてドラえもん!」
待ち合わせに遅刻 →「助けてドラえもん!」
困ったらすぐ    →「助けてドラえもん!」

口に出して言わないけどさ、何かっつーとドラえもんに助けを求めてしまいます。
呼んだって来やないのにねっ!
まんまと駄目のび太に育ってしまいましたよ。
親が泣くわ。
何だコレ?
ドラえもんの呪いか?
この小説の理帆子ちゃんに言わすなら私は“少し・アホ”だな…。


「…助けてドラえもん!」
金春屋ゴメス 金春屋ゴメス
西條 奈加 (2005/11)
新潮社
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時代小説が好きでよく読む。
人情話や色恋の話、現代では臭くて照れちゃうような話も、時代小説でならすいっと読める。
斜に構えず素直に読むことのできる時代小説は、私にとってある種のファンタジーなのだ。


今日の本は第17回日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作の『金春屋ゴメス』。
いちおう時代劇になるのかなぁ?
微妙だな。
この話は未来の話なんですが、北関東あたりの広い範囲が江戸国を名乗って独立してるという設定。
江戸時代をそのまま再現して当時の様子で暮らすというのがこの国の法律。
だから江戸国は伝統文化を守るために、近代テクノロジーはすべて御法度。
日本と国交はあるんだけど、人口を一定に保っているから、出る人がいないと入れない。
江戸国に入国するのは超難関。抽選で300倍。わぉ。
駄目もとで抽選に参加したいよ。

タイトルの金春屋ゴメスは、長崎奉行の通称。
長崎奉行馬込播磨守のゴメスは化物みたいな女だ。良く言って怪獣。
どうでもいいけど社用に使っている折畳式自転車の愛称はゴメスです。
チンパンニュースからでもこの本からでもありません。
今はなきパルコのフリーペーパーからです。(素敵なフリーペーパーでしたよね。)


江戸国か…
んーーーー、
日光江戸村のスケールを独立国家として成立するほど金にあかせてでかくした感じなのだろうか?
いや、違うな。
にゃんまげの居ない日光江戸村なぞネズミの居らんネズミーランドみたいなもんだからな。
ちょっと感じが違うだろうな。
しかしさ、にゃんまげってマジで平和の使者な。
超リスペクト。(←頭良さそうな言葉だな。)
あいつ丸腰だぜ?
で、
片手を上げて招き猫のポーズをとるだけで悪漢どもが倒れるんだぜ?!
武器を持たずして敵を倒すなんて…っ!
凄過ぎる。
北朝鮮ににゃんまげを派遣したい。
わんまげも一緒に。


神様のサイコロ―「余録」で読む今、この世界 神様のサイコロ―「余録」で読む今、この世界
柳川 時夫 (2006/06)
毎日新聞社
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「神はサイコロ遊びをしない」
「サイコロ遊びが好きな神を受け入れればよい」
「神は気分次第でサイコロ遊びをしたりしなかったりする」



東西の有名人の言葉は趣深いけれども、かしこい頭があってこそ理解できるものでしょうから無視しましょ。
わし神学とか量子力学とかよう分からんもん。

はたしてカミサマはチンチロリン遊びをするのか否か。
んーーー。
八百万の神さんが集まって盆やっとるなんてなかなか愉快だわなー。
えべっさんが笹振り出したら勝が止まらんよ!
ひとり勝ち!
だははははははは!


…とかいう内容の本ではないです。
“神さん”“サイコロ”というキーワードで八百万が賭場を開帳してチンチロリン、というのを私の脳内劇場が映し出しただけです。
もうここで駄目。
退場。

さて、この本は毎日新聞朝刊1面の『余録』のコラムを100編収録したものです。
時事ネタとかあって「あー、そうよね。小学生が小学生を学校で殺したりしてたわよね」などとその頃あった事件を思い出させてくれたりします。
(それにしても思い出す事件って不幸な事件ばかりなのはなぜかしらね?)
新聞の余録は短く気の利いた事が書いてあったりするので、天気予報の記事の次に読みます。余録すき。
短い文章が100編。ちょぼちょぼと寝る前に読むのにとてもいいと思います。
おもしろくて興奮して寝れなくなるという心配もないし、寝る区切がつけやすいしね。

ハナシにならん!―笑酔亭梅寿謎解噺〈2〉 ハナシにならん!―笑酔亭梅寿謎解噺〈2〉
田中 啓文 (2006/08)
集英社
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気づけば田中啓文の笑酔亭梅寿謎解噺の2巻が出ておりました。
不良少年竜二は担任の先生(元・噺家)に連れられむりやり関西落語会の重鎮、笑酔亭梅寿に弟子入りさせられる。そこで起こる事件の謎解きに鶏冠頭の新米落語家、竜二こと笑酔亭梅駆が活躍する。
というのが話のスジ。
これのシリーズ第2弾。
前作が読みやすくなかなかおもしろかったので読んでみた。
作家の田中啓文は他の作品もこういう書き方にすればいいのに、と思う。

最初に読んだとき、これは不良少年が落語をとおして更正していく話なのか?と思ったのだが、それは間違いであった。
弟子入りした先の笑酔亭梅寿師匠、この人が一筋縄ではいかない。
すげー呑んべぇで借金まみれ。
芸事以外においては、ほぼ性格破綻者といっても過言ではない。
ひよっこの不良なんておよびもつかない無茶苦茶なおっさんだ。
落語の楽しさ奥深さを知り、落語にのめりこんでいく竜二少年の姿には若者らしい真っ直ぐさが表れていて気持ちがいい。
が、
殴られ蹴られ人権を軽く無視した扱いを受ける竜二少年に、零細○○○の下っ端のようなメンタリティが育っているのは間違いないはずだ。
…つぶしが利かないだろうから立派な落語家に育つといいと思う。
梅駆師匠になるといい。なれることを祈る。
私のいる○○業界にも丁稚制度がいまだに息づいている。
丁稚もまた人権が踏みにじられていると思う。
そのぶん私生活の荒れ方が著しい。

しかし、この無茶なおっさん梅寿師匠、誰かに似ている似ている似ている似てるなんだか親近感が…、と思っていたらアレだ。新宿の○○○の○○さんに似てるんだ。
うわ。
似てる…
○○○に追い込みをかける恐怖の堅気。
アル中の元気なドクロおっさん。
最近飲みに行ってないからわからんけど元気なのかしら?

ポーの一族 (1) ポーの一族 (1)
萩尾 望都 (1998/07)
小学館
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“永遠の14歳”を生き続ける、とは一体どんなものなのだろうか?

最近、萩尾望都が私の中で流行っている。
高校生の頃に借りて読んだ『ポーの一族』を再度読みなおしたくなり購入したのがきっかけだ。
文庫版『ポーの一族』全3巻を読み終え、

「うふふ。私はメリーベル るらら〜♪」

などと頭のネジが極端にゆるい事を口走ったりしてしまっていた。
コテで髪をいつも以上に強くくるくるさせたり、
薔薇を見て「エネジィ…!」と呟いたり、
「銀のクロスが怖いんじゃないの信仰心が怖いの」とか言ったりね!
遥かなる時間を生きるバンパネラ!
んーー
素敵!

…アホが過ぎますね。
しかしこの物語は元・乙女の成人女子のハートをノックアウトする要素がてんこ盛りだと思う。



アン・ライスの映画『インタビューウィズバンパイア』に少女のままの姿で生き続けるバンパイアが出てくる。
止まってしまった時間は、流れずに澱む水のようなものなのだろうか?
少女は生き長じるにつれ少女のままの身体を嘆き、成熟した女性の身体を求める。
少女はなぜ子供の姿のままバンパイアにしたのだと問い、吠える。
そこには怒りがあり、悲しみがあり、なにより混乱があった。
幼いままの肉体に押し込められた自我は、日増しに肥大し、アンバランスな肉体と精神を蝕んでいく。
器に収まりきらない澱んだ水は、怒りと共に腐臭を伴ない溢れ出す。

この少女もエドガーも自らの力の及ばない天災(人災か?)のような不幸によって子供の姿のままバンパネラにならざるを得なかった。
メリーベルとアランは?
美しい誘惑者であるエドガーにより捕らえられ、「遠いところ」へ行くものと姿を変えられた。
エドガーは吠えたい気持ちをメリーベルなりアランなりで慰めていたのだろうか?
彼らによりエドガーはエドガーたりえたのだろうと私は思う。
彼らにより理性を保つエドガーの不幸は甘く良い香りで読み手を引きつける。

エドガーと同じ世代の姿を持つメリーベル、アラン。
お互いの不幸に寄り添うように相手を思いやり、狂気を抑制する彼ら。
永遠の一族の美しい不幸。

ああ、
萩尾望都ってすげー。
チーム・バチスタの栄光 チーム・バチスタの栄光
海堂 尊 (2006/01)
宝島社
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以前TVで放映されていた漫画が原作のドラマ『医龍』。
漫画の方も読んだことありませんでしたが、実家に帰省した折、一度だけTVでみる機会がありました。
母がみていたからね!
母の好みの男は、基本的に血を吐いて死にそうな美男子系。(←とか言うと母は怒る。)
なのでどう考えても坂口憲二は母の趣味と違う。
でも「このドラマの坂口憲二はイイの」とか目をハートにして抜かしていた。

たぶん、白衣マジックだ。
繊細そうにみえるからだろ。
この医者好きめ。

などと腹の中で唱えながらおとなしく一緒になってドラマをみました(家族サービスとは家族に対する遠慮と忍耐だ)。
しかし、
興味の無い連続ドラマを途中からみるという苦行のような時間はある時点から喜びと爆笑へと変わりました。
みて良かったよ!
だってすっげーおもしろいんだもん!
ドラマつーか坂口憲二が演じる医者がおもしろいんだよ!
彼は病院の屋上で半裸になってスーハースーハー大きく息をしながら太極拳みたいなことをはじめるのね。

私「…このひとナニやってんの?」
母「イメトレ。」
私「イメトレって…」
母「バチスタ手術のイメージトレーニングをしてるの。」

ぶぶぶ!
腹がよじれる!!!
半裸の医者が病院の屋上で手術のイメージトレーニングってアンタ!
おかしいでしょ!?
おかしいよ!
屋上 半裸 というキーワードが直球ど真ん中だよ!

ヒーヒー笑い転げながらドラマ観賞をする私をみる母の目はとても冷たいものでした。
このドラマで得た爆笑は思わぬ収穫であったよ。(こんなにおもしろドラマとは!)
あ、忘れてたけどこの裸族の医者は優秀な心臓外科医でバチスタチームのリーダーです。
春先の変質者に非ず。



で、読んだ本『チーム・バチスタの栄光』海堂尊
バチスタ手術の正式名称は左心室縮小形成術だそうだ。
正式名称よりも創始者のR.バチスタ博士の名を冠した俗称のが有名だってさ。
(引用「肥大した心臓を切り取り小さく作り直すという、単純な発想による大胆な手術。余分なものなら取っちまえというラテンのノリ。こんな手術を思いつくだけですでに常軌を逸している。その上実行までしてしまうサンバの国、ブラジル。」)

んー。
この本おもしろい。
エンターテイメントだ。
登場人物たちが良いし。

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Author:jamilam
無節操な本読みです。
たぶん口が悪いです。

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