なんだか無性に『竜馬がゆく』を読み返したい感じになってます。
何年かに一回こういう波が来る…
心を動かしたい感じなんですよね。これはさ。
旅行とか行ける時間無いから代用としてね、読みたいんだろうな。
だってこれ読むと心が躍動しますよ。
吉田松陰は“遊歴は心を発動させる弾みになる”とかなんとか言ってたみたいだけどさ、旅も読書も心が動くという点に置いてとても似ているように思うよ。
本を読み、旅をして、旅をして本を読む。みたいな生活がしたい。
働きたくない。
わはは。
しかし、
龍馬は本はあんま読まん人だったようですね。
それにしても、坂本龍馬という人間は格好良いつーかどうにも魅力的な人間だよなー。
嫌いになれん。
そういや、
前にテレビで好きな偉人の1位にもなっとったっけ。
愛されとるなぁ。
『竜馬がゆく』を読むといつも必ず父の姿を思い浮かべるな。
「幕末のその時代にもし生きていたならば何を捨てても俺は龍馬に付いて歩く」
などとと言って憚らなかった父。
あんたのような人間に、人に付き従って生きるなんてこととても出来んだろうよ、と腹ん中で思いながらも父の龍馬語りに耳を傾けていたな。
大の大人が目を輝かせ語ることの出来る坂本龍馬という人間に、まだ子供だった私が興味を持たないはずがない。
そんな洗脳状態の中で『竜馬がゆく』を読み、まんまと龍馬好きの一員になってしまいましたもんね。
[龍馬好きの親を持つ子は総じて龍馬が好き]、という統計を一度とっていただきたいものだ。
こわい結果が出そうだな…。
反対に、新撰組とかにはちくっとも食指が動かん。
これもアレだ。
すり込みのせいだ。
父は「あんなものは時代の読めない惨めな集団だ」とミもフタも無い言い様で新撰組を評しておった。
そしてだんだんとそういう見方しか出来なくなってくるから不思議だ。
んー、
ただの責任転嫁であろうが親のすり込みってこわいなぁ…
NHK大河もこの刷り込みによって観ること無く終わったもんな。
話に乗れない乗れない。